2012年9月20日木曜日

JALの高収益はゲタ履いたものなのか?

HBRの記事を読んでいて、ちょっと気になって調べたことがあるので、メモ。
(Google+に投稿してましたが、長くて読みにくいかとも思ったので、コピペですが)

JAL H.24.3 短信 http://www.jal.com/ja/investor/library/information/pdf/h24_4q.pdf
ANA H.24.3 短信https://www.ana.co.jp/ir/kessan_info/kessan_tan/pdf/tan_120427.pdf

>「やればできるじゃないの!」という話だ。それにしても、「だったら、なぜもっと前からできなかったのか……」という素直な疑問が出てくる。華々しいV字回復は、破綻以前の日本航空の経営がいかにユルユルだったかを改めて浮き彫りにしている。
こういうのって、実態を知っている人が軽々しくいうことじゃないと思うんです。ましてやHBRで。
経営破綻したから、あれだけの人員削減を実施することができた。(というか破綻してても合理性の評価で揉めた)
あれだけ大量の人員削減は、「業績が悪いから」というだけではできないでしょうね。

本文の流れとは逆になりますが、
>破たんを経験している日本航空の場合、繰越欠損金の優遇策の恩恵で、2018年度までにおよそ4000億円の法人税が免除される。
とありますが、税引き前当期純利益で見ると(以降、いずれも単位は百万円)
JAL:168,583
ANA:55,940


>所得税の手前で、債権放棄によって金利負担も軽減されている(だから経常利益と営業利益の差が小さくなっている)。
期末の数字だけではなんとも言えませんが参考値として(JALは期中にかなり返済している)
     短期借入金 || 長期借入金 || 合計
JAL 79,088 || 20,811 || 99,899
ANA 57,705 || 715,409 || 773,114

に対して、支払利息
JAL:10,962
ANA:19,721

確かにこれだけ見ると金利は低い「かも」しれませんね。

>航空会社の減価償却費として大きいのは、言うまでもなく高額な航空機への投資だ。航空機の簿価を比較すると、~
これを比較できる情報が十分に取れませんでした。。残念。

>無視できないのは、破綻に伴う資産評価損計上によって、減価償却費が大幅に抑制されたということだ。これが日本航空の増益に大きく貢献している(新聞報道によると約500億円のコスト削減効果があるという)。
キャッシュ・フロー計算書から見ると
JAL:81,222
ANA:119,268

う~ん、元々の減価償却費を見てないのでなんとも言えませんが、500億円くらい圧縮されたかもしれませんが、保有していた機体の売却や、オペレーティング・リースに切り替えオフバランスしてしまえば、現時点の航空機で369,502もの資産額なので、償却期間って20年ですかね?として、例えば3割の機体を売却、オフバランスしてしまえば、ひねり出せませんかね。
まあ、他の方法も組み合わせれば、500億円はデカいとしても相当額の減価償却費の圧縮は可能だったんじゃないかと想像しています。
(繰り返しいいますが、あくまで破綻した企業であればできるという意味です)

ということから、確かにゲタを履かされているという部分に対して想定される部分もあるとは思いますし、短期的に出ている高収益とも見えるのは事実ですが、通常の企業再生として行った成果も十分見て取れるのではないかと思っています。

余談ですが、見ていてびっくりしたのが現預金の多さなんですよ。
JAL:272,475
ANA:41,867
なんと5倍以上持っている!!

営業未払金は
JAL:125,185
ANA:180,804
なので、そんなに差は無いですし、他に見ても瞬間風速的に持っているだけには見えないんです。
なんに使うんでしょうね。もっとお金返せますね。

2012年9月11日火曜日

Java EE 仕様策定における問題点について(妄想)


食後の眠気を堪えられず、集中力が切れる時間帯にGoogle+を徘徊していたら、Kazunori Satoさんの次のようなポストがありました。自らの理解を確かめるように、文章に起こしてみたいと思います。
"分散システムはそれでなくても複雑で、ましてクラウドのような大規模分散システムは常軌を逸した世界。それが実現できているのは開発と運用を一体化しているから" 私もそう思います!
そのポストにあるリンク先を見ると、(続き)とあったので原点ポストを見てみると

以下のニュースが引用されていました。
Oracle が Java EE 7 計画からクラウドサポートを削除


次のポストが、
とありました。疑問が生じたので、以降のツイートも参照してみました。


その疑問を解消するために、まず、こういう解釈で間違いでなければ、同意できるというものを挙げてみます。

解釈1:クラウドサービスの開発と運用は一体でなければ難しい

これは、完全に同意できる解釈なのですが、おそらく違うと思われます。
サービスの開発と、技術開発というのは別物という理解の下、伊藤教授はツイートされているように見受けられます。

ちなみに上記での言葉について意味合いを示しておきます。
サービスの開発:例えばGmailやGoogle Calendarといったサービス自体の開発
技術開発:サービスを実装するために必要となる技術要素の開発、例えばフレームワークなどの開発。

解釈2:クラウドサービスの提供に必要となる技術開発は、運用を行う母体(一般的には企業)は同一でなければ技術開発のスピードは促進されない

これも、完全に同意できる解釈です。
伊藤教授は、これを仰りたいのではないかと、当初も、今現在も感じております。

しかし、そうだとすると、その技術開発とJava EE 7の仕様策定計画から、ある仕様が外れたこととのリンクが難しく思いました。

これも想像ですが、

現時点ベンダーに依存したクラウドサポート仕様が、Java EEの仕様に組み込まれることで標準仕様となることが望ましいという前提があるとします。その上で伊藤教授の主張が、
「Java EE 7の仕様策定が計画から遅れ、結果的にクラウドサポート仕様が落ちてしまいそうな状況に陥っている原因が、運用を知らない(運用を担っていない)人が仕様策定を行なっているからだ。」

というものだと想定すると、この主張には疑問が残ります。
その疑問というのは、

『「ある機能を担う人と、リンクする別の機能を担う人は、一体であるべき」という主張が正しいとして、はたしてどれだけのケースにおいてその人が同一人物なのでしょうか。』

というものです。

一般的にこの【一体】と言われた時、人は個人ではなく法人を指していると思われます。組織として一体となれという主張です。

Java EE 7の仕様策定のチーム運営に対する理解が間違っていれば別ですが、基本的には外部からの仕様化に対するリクエストをベースに仕様策定に望んでいると思っています。
オープンなチームとして機能しているはずで、Javaの技術者コミュニティーとして一体となっているのではないのでしょうか。

もし、上記の理解が正しければ問題点は次のいずれか、もしくは複数要因となると思います。

  1. サービスの開発や運用に従事しているJava技術者のコミュニティーに対するコミットメントが足りない
  2. Java EEの仕様策定チームが、コミュニティーとしての機能を十分に果たしていない
  3. Java EEの仕様策定チームが、最新の実装に対する理解が拙い


個人的な想像でしかないですが、上記1の要因が強いのではないかと懸念しています。
Javaはもう枯れた言語と言っていいレベルに達していると思います。すると、技術者もコミュニティーへのコミットメントが下がり、利用する側の立場が強い、もしくはその立場しか持たない人が多数になることは仕方のないことだと思います。

これはコミュニティーを盛り上げるしか、対策が思いつかないのですが、今後も暫くの間、Javaは重要な言語で在り続けると思っているので、なんとか頑張ってもらいたいものです。

2012年8月27日月曜日

週刊ダイヤモンドのオンライン記事 ~シャープ奥田社長へのインタビュー ~を読んで



週刊ダイヤモンドのオンライン記事 ~シャープ奥田社長へのインタビュー ~を読んで感じた事を書きたいと思います。


こういった記事の重要さを書く側が認識してない(※)のは相当困ったもんなのだが、インタビューに応える側としても、ちょっと問題を感じたのでメモ程度になるかも知れませんが、書いておきたいと思います。

※このオンライン記事、おそらく紙媒体の訂正記事だと思われ、訂正内容が目につきますどういう編集プロセスを経るとこうなるのか不思議です。


以下、主に企業側の意識の問題を指摘しています。
一言一句の揚げ足取りに見えるところもあると思いますが、私は言葉に想いが乗っていると考えていますのでそういう指摘の仕方になります。もし違った表現をされたのであれば、伝え方の問題か、記事の編集に悪意があるかのどちらかでしょう。

企業として未確定情報を話すことができないのは重々承知した上で、IRとしても、広くPRとしても問題を感じる所を指摘しています。


まず、次の一文。
私も格付け機関などに足を運んだが、格付けの低下によって、今後はCPなどの直接金融による資金調達が難しくなるだろうと思っている。
こういった因果関係を外した言い方には問題があると思います。
この切り取り方に悪意があるわけでは無いですが、直接金融が難しくなることは、格付け機関のせいと思っているのか?と感じる。そんなことは無いだろうと信じたいが。
ここは大きく、事業の見通しを示せていないと自社経営陣のパフォーマンスに対してしっかりと責任ある発言をしてもらった方がいいのではないかと思います。


次に、
──足元の財務状況を踏まえたらこれでは済まないのでは。
 銀行側とは、お互いに協力し合いながら、12年度下期(*)の営業利益の黒字化と、13年度の最終利益の黒字化を目指すことで一致している。それをきちっと達成できるように考えていきたい。
私の考えすぎだと言われるかも知れませんが、銀行と経営しているように見えませんか?日本企業(特にメーカーに色濃く)は、銀行に対して弱い。株主よりも銀行を意識しているような気がしてならないです。
──資金をサポートする銀行側と、事業を手がけるメーカー側の立場の違いもある。
 金融業界の方々と、事業会社をやっている人とでは、やはり感覚が違うところがある。金融業界は、非常に短期的な見方がある。しかし今は短期的な問題と、長期的な問題を、どう切り分けながら解決していくかが重要だ。
 銀行側とはお互いに情報交換しながら進めていくことが重要だと痛切に感じている。ただ事業をやっているわれわれが、強い信念を持たなければならない。

金融業界というか、お金を出した側は、その回収に対して注力するのが当然で、短期借入を銀行からしているのであれば、短期的な見方で当然。長期的なものの見方をしてもらうようなお金の借り方ができていないだけでしょう。

この記事では素晴らしい切り込み方をしていますが、次のやり取りも興味深いです。
──そもそも赤字事業である太陽電池は、国内に製造拠点を持ち続ける理由があるのか。
 国内の住宅用の太陽電池「ブラックソーラー」などを作っている。いろいろな屋根のデザインに応じた細かな提案ができるため、お客さまからの引き合いが強い。これは海外では調達できない。

上記の後にくる言葉として「売るのが難しい」というのは本音だろう。しかし、上記部分は回答になっていない。引合いが強いと赤字解消が望めるのか?需要は有っても期待価格水準が下がっていないか?そう考えてしまうのが通常の読み手だと思う。


残りは、インタビュアーの素晴らしい切り込みを続けてご紹介。
──赤字の元凶となった大型の液晶パネルはどうか。 
──シャープの液晶パネルや太陽電池など、「オンリーワン」のデバイスは魅力的だが、経営上の数字が伴っていない。 
──コスト的にメリットがあれば、鴻海グループに売却、譲渡するということか。
結構、聞きにくいこと、答えにくいことをスパっと聞いたのだろう。全体として記事の歯切れは良く、読みやすいのだが、うっかりすると上記のような点を忘れがちだと感じたので残しておくこととしたい。

2012年8月24日金曜日

高木先生と武雄市の樋渡市長のブログでのやり取りについて


高木先生と武雄市の樋渡市長のブログでのやり取りについて、思うこと、分からないことをちょっと列記します。
ご指摘いただける部分があれば幸いです。

1.高木先生は何を批判したいのか?

これね、結構重要なことだと思うんです。
私が感じている範囲だと、「批判の対象者が、自身の個人情報に対するスタンスについて、明文化されているものと発言しているものとで異なるものの場合、個人情報保護の観点からリスクがある」という主張をもっていて、それを指摘したいというのと、個人情報取扱いにおける明らかな間違いを指摘したい、というように見受けられます。

批判の対象者は基本的には全方位。しかし、行政とTカードは要注意先となっているようなイメージ。
武雄市について何を批判したいと思っているのか?については次に紐解きたいと思います。

2.武雄市の何がいけないのか?

実は、さっぱり要領を得てません。グレーゾーンだよというのならしっかりと議論すれば良いのですが、高木先生も樋渡市長も、お互いに「間違ます」と仰っています。
しかし、ブログを見る範囲では、双方に対する間違いを、明らかに指摘できていないとおもいます。(←私が個人情報取扱に関するプロではないから分からないというのは批判の質としては不十分でしょう)

まず、高木先生の指摘ですが、
照合によって「特定の個人を識別することができることとなる」場合を含むとの括弧書きが欠けている
というものです。
う~ん、私の考え違いだとも思えるんですが、条例や契約の文書に書かれていることって、裁判になった場合、例えばこの括弧書きがあるかないか、その中身がどうであるかよりも、判例に従う部分の方が強いと認識しています。
とした場合、「括弧書きがあっても無くても変わらなくね?少なくとも文書上は」というような印象を受けます。

となると、指摘するなら条例の条文ではなく、実際の運用を確認した方がいいと思うのですよ。
私、コンサルタントというものを生業としているもので、ルールの正確性よりも、ルールに基づいた運用をしているか?であったり、運用が法令から外れるようなことは無いか?ということの方をよっぽど重要視しています。
運用が正しくてルール(文書)が間違っているケースも世の中には存在しています。その場合正すのはルール(文書)です。

もう一つの指摘の、Tカードにどんな情報を提供するのか?の部分ですが、こっちはもっと要領を得ない訳です。
以下、高木先生のブログからの抜粋的引用になりますが、
Tカードを利用してポイントが付くようにしてほしいと希望された方
においては、
個人が特定できる情報ではなくて、Tカードを使うと会員番号と何月何日何ポイント付いたという情報がCCCのポイントシステムにいく
というのが「7月10日の武雄市教育委員会臨時会の会議録」にあったそうです。それに対して高木先生、
そらみろ、条例でちゃんと明文化しないからこういうことになる。
え?こういうことってどういうことですか?質問されるってこと?
一方、樋渡市長は、上記のCCCに行く情報を言い換えていて、
会員番号の何とかさんが図書館で何時何分何点借りましたって、うん、いうのだけ行くんですね。ですので、そういう意味じゃこれ個人情報じゃないんですよ。
という情報だと言っていて
高木先生、
どうしてこうも個人情報でないことにしたいのか謎と言わざるを得ない。
とありますが、私が今、客観的にみると、

どうしてこうも個人情報ということにしたいのか謎と言わざるを得ない。

となります。ちょっと語弊があるかもしれないので補足しますと、
公開するべき情報ではないというのは確かにその通りですし、漏洩したらなんらかの対処が必要であるのも間違いないです。
また、『他の加盟店での利用履歴を基に、その人が、図書館で本を沢山読む人で、文房具を良く買う人だから、~~~という類型に当てはまる人だから、~~~なことをする。』という活動がダメだというのなら、それは武雄市の問題ではなく、CCCの問題なので樋渡市長に言うのはお門違いです。

で、上記の情報が(個人情報保護法に定める)個人情報だろうがなかろうが、CCCに渡す上での同意は得る必要があって、武雄市でも
こういうふうに情報が提供されますが、いいですねと規約をお見せして同意をいただきます
とある。それに対して、高木先生、
現状のTポイント加盟ドラッグストアと同程度のことしかしないつもりのようだ。こういうことを自治体がする場合には、重要となるのは「こういうふうに情報が提供されます」だけでなく、「こういうふうに利用されます」という説明なのに、それをしないつもりなのか。
とあるが、続いて
実は、「こういうふうに利用されます」というのは、誰も説明できないかもしれない。なぜなら、CCCがそれを企業秘密として明かさない*2からだ。
え?さらに続いて
ひとつのやり方は、ポイントの払い出し以外の目的(マーケティングその他のため個人を分析する目的を含む)での利用を禁止する契約をCCCと締結することだろう。そうすれば、Tポイントの図書館での利用についての利用者の同意をとることは容易となる*3。
ということは、根本的に言えば、自治体がTカードの利用をすることが間違いだと言いたいのだろうか?

ここまで追いかけて頂いた方には分かっていただけると思うが、
武雄市の個人情報取扱に対する指摘は、何が正しいか、間違いかという話ではなくて、どうあるべきか?という議論をした方がよい。
一方で、自治体がTカードを利用することについては、自治体という位置付けから考えて正しいか、間違いかという議論だろう。

上記のやり取りや、高木先生の主張、私自身の理解に基づいて言えば、自治体がTカードの利用をすることは、問題が多く、高いリスクとなることも多いので、利用することは合理的とは言い難いので控えるべきだという理解です。



残る疑問は、個人情報ってそもそもどういう定義?です。
個人情報保護法に則った定義は勉強不足で知りませんが、個人の感覚としては高木先生が仰っているのは過剰じゃないかと思ってしまいます。

世の中には、高木先生くらいの個人情報に対して保守的(?)な方もいらっしゃると思いますが、企業が十分な情報を得ることにより、私達の生活が豊かに、便利になることもあるわけで、その選択ができればいいのだと思います。

高木先生の指摘は分かりますが、もう少しやわらかい物腰で批判してもらいたいなぁと思いました。

2012年8月3日金曜日

ダイアモンドオンラインを読んで

ダイアモンド・オンラインのデモの参加者にも広がり始めた焦りと無力感 「脱原発」意識の二極化現象に覚える違和感の正体 (記者:宮崎智之) を読んで、相当疑問に思ったので残します。


まず、最初に思った事は
「凄いな。無茶苦茶書いとる。。。」
です。

やはり、適正、的確な一般化ができない人はニュース記事を書くべきではないと思ってしまいます。

個人的な意見を最初にまとめておくと、人の考えを変え、行動に移させるには、伝えるための文章を始めとする表現には非常に気を配らないといけないし、そのための支援行動も綿密に計算されたものであるべきだと思っています。
「脱」原発論にはそれが足りてません。(私は自分の時間を「脱」原発にそれ程費やす気がないのでやりませんが)


というスタンスで、ポイントを幾つか引用しながら指摘したいと思います。


全国的に見ても「脱原発」への意識が高いはずの若い世代の票ですら、飯田氏に思うように集まらなかったことは、意外に思える。
私の考えでは、全然意外じゃないです。理由は二つ有ります。

なぜなら、飯田氏は、即刻原発を止めろという強烈な反原発論者。若者一般の意見をまとめたことは無いが、投票に行くような若者はもう少し合理的な思考をしているか、保守層なので、飯田氏には入れるとは思い難い。
飯田氏のような極論を言わなければ「脱」原発論は浸透するだろうと思います。
有権者、投票者が、そのことを理解していたのではないかと思えることが意外ではない理由の一つです。

もう一つの理由は今、山口県民の関心事は原発なのか?岩国基地問題とか、他にもあるんじゃないだろうかと思います。(山口に詳しくないので想像です)



「脱原発」の意見が全くと言っていいほど政策に反映されない現在の状況は、不可解であることは間違いない。

いや、不可解でもないし、ほとんど反映されてないというのも疑問です。
お金の使い方が大きく変わっているし、意見聴取会もやってるじゃないですか。政策ってそんなにドラスティックに変わるのは総選挙の時だけじゃないでしょうか。

むしろ、なんの検討も、選挙も無しに、「即座に原発50基廃炉に向けて予算化します!」なんて言ったらそれこそ不可解です。
これだけやって、解散総選挙にならないのが不可解というのならそれは大賛成。



こうしたデモを健全に盛り上げるためには、マスコミにどれだけ取り上げられるかも重要になってくる。しかし、ある関係者によると、マスコミでもデモ報道の取り扱いに対して慎重な態度をとるケースが多いようだ。

マスコミが信頼/信用されなくなってますからねぇ
仕方のないことでしょう。



まさにその政治が頼りにならないがゆえに、国を巻き込んだ議論が不完全となっている側面が大きいのが現実である。

この文章、流しちゃいそうになりましたが、政治と国と分けていますが、対象はどのように違うんでしょうね。
政治家が頼りにならない?国民を巻き込んだ議論になってない?と言いたいんでしょうか。

個人的に相手に考えを理解、浸透させて、実行してもらうことを生業としているので良く思うのですが、こういった細かい気配りを文中でできないと、人は動いてくれません。



五十嵐教授、良い事言ってますが、

少なくとも脱原発を実現したいのであれば、誰に入れたら良いのか、有権者に対してわかりやすい選択肢を提起する必要があるでしょう


僕、そんな人知りませんが。。。
「脱」原発を推し進めてくれる政治家って今はいないし、出てくるとも思えないです。そこが根本原因なので、デモも効果が薄い。というか解決には至らないと思っています。



五十嵐教授、こうも言ってます。
現在の政治家は、アメリカや業界団体、官僚組織の意向を重視するばかりで、民衆の声が届いていません。

ということはつまり、国民と。業界団体や官僚組織の意向にも差があるということですよね。
業界団体の意向はどのように決まっているんでしょうね。国民と呼ばれる集団の一部の人が所属している団体なので、その団体を代表する意見をそれぞれの人が持っているはずですよね。官僚組織に属する人はやはり国民ですよね。

上記と関係ない人が国民の大半だとすると、なぜその意見が強く押されるんでしょうね。
投票率が概ね50%以下になる仕組みが悪いんでしょうね。
なんでもかんでも政治家のせいにするのはやめましょうよ。



以上が、記事に対する意見です。

2012年7月30日月曜日

今朝、G+での共有から、アゴラの記事を久しぶりに読んだ。
松本 徹三 氏の、日本の半導体産業は何処へ?だ。

この方、以前から発言を追っていると、
「面白い論調だな。さすが経験有る経営者だ。」と思うこともあれば、
「年を取るっていうのはこういう事か」と思ったり、「ちょっと強引過ぎるでしょう」と思ったりすることもあった。

今回は、後者です。

いきなり引用から入りますが、
ここで注目すべきは、クアルコムやブロードコムを始めとして、高性能のNPUで躍進が期待されているNVIDIAなどの新興のチップベンダーは、何れも製造設備を持たないファブレス会社であるという事だ。つまり、巨額の売り上げを誇るインテル、サムスンの二大ベンダー以外は、製造に特化したファウンドリーに製造を委託するのが一つの時流になっているという事である。動きの激しい最先端の高機能チップの分野で特にこの傾向が顕著なのは、開発者がその為の製造施設まで自力で作ろうとしたら、時間もかかり過ぎるし、リスクも過大になる事がよく理解されていからだろう。
ちょっと、無理のある意見じゃないだろうか。
確かに、ファブレス化というのは、以前よりも有力な選択肢として成長していることは事実ですが、3位以下を大きく引き離すトップ2が、自社製造設備を相当量持っている中で、それが時流と言うのは強引過ぎやしませんか。

確かに、この行を読み解くことが、日本の半導体産業が衰退していった要因を明らかにするのではないかと私も考えます。
なので、私なりにそこを掘り起こしてみたいと思います。



一つ目の論点は、「合併」だと思います。


松本氏は
日立とNECのDRAM部門がエルピーダメモリを作り、日立と三菱がルネサステクノロジーを作り、これに後にNECも参画した事についても、社内での勢力争いや不毛な議論の多発を例に挙げて「組織の併合自体が間違いだった」と決め付ける人達もいる様だが、それでは、「この様な合併なしに、各社はどのような将来像が描けたのか」と問えば、誰も答えられない。私に言わせれば、この様な合併や統合はむしろ遅すぎたのであり、社内で勢力争いが絶えない等という事は、単なるガバナンス能力の欠如に他ならない。
と仰っています。
私自身はタラレバの話をするつもりはないですが、「組織の併合事態が間違いだった」と決め付けはしないですが、私としてエルピーダやルネサステクノロジーの二社の、合併のやり方、その後の進め方(いわゆるPMI)に疑問が多く有ることは事実です。

疑問点は、そんな事は無いとは分かっていますが、わかりやすく言うと「くっつけただけで生き残ろうというのは甘いのではないか?」ということです。
もっと、本質に迫りたいので、言い方を変えると、
「日本企業は、『雇用を守る』とかカッコつける割に、会社が衰退して総倒れとか一番カッコ悪くて、誰も救えない選択、意思決定をしてしまうのは何故なんだろうか」
ということですね。

PMIについては、松本氏は
これに加えて、日本の企業文化のもう一つの問題として、伝統的な「親分子分システム」がある。組織の長は部下に絶対服従を求める見返りに、部下の将来の栄達を保証しなければならない。子分達は、どうすれば親分の社内での勢力が強くなるかに腐心し、親分は、自分が組織のトップになれば、かつての子分達がその組織の中で幅を利かす事が出来る様に配慮する。つまり、上も下も、能力による適材適所の人事よりも、仲間内の利害を優先してしまう傾向があるのだ。

だからこそ、他社との合併などは、よほど追い詰められない限りは、彼等の眼中には入らない。そして、大規模な合併や組織統合があった時は、その組織のトップに誰が座るかを含め、「取り敢えずの人事」に関係者の全ての精力が傾注される。
と仰っていますが、この部分に関しては同意です。

他にも疑問点はありますが、本日は割愛させて頂きます。



二つ目の論点は、「戦略」だと思います。


ビジネスにおける戦略論は、戦争における戦略論を多数引用しながら成熟してきていることは、ある程度、経営戦略を知っている人であれば一般的な事実だと思います。
それは、都合がいいから引用したのではなく、やはりビジネスもある意味で戦いなのだと思います。

戦いにおいて、最終目標は制覇となることは自明です。もちろん合理的な選択により、同盟関係などを維持して、内政に専念する場面も有るとは思いますが、基本的に外部との関係は相手を制服し、領土を拡大することだと思っています。
つまり、ビジネスにおいては、マーケットシェアをより高い水準に持っていくため、自分達が成長するだけではなく、相手を倒す必要があります。日本企業にはそれが足りないと思っています。

松本氏は、
これを阻んだのは、結局は「日本の企業文化」だったような気がする。即ち、みんなが「横並び」を志向し、結果として「誰も突出した利益は上げられそうにはない」のに、「自前で何もかもやりたがる(他社に遅れたくはない)」という現象が癌だったと思えてならない。「突出した利益」がなければ大規模な投資は不可能になり、その上何でも自前でやろうとすれば、国際的競争力を維持する事などは夢のまた夢となるのは自明の理なのに、誰もその流れを断ち切ろうとはしなかった。
と述べていますが、ほぼ同意です。
敢えて付け加えるとすれば、「自前で何もかもやりたがる」というのに加え、「他国の傘下に下ることは許されない(ファウンドリーの道を選ぼうとしない)」ということでしょうか。

「エルピーダやルネサステクノロジーがファウンドリーになれば良かったのに」という意見では有りません。その可能性をどれだけ真剣に議論したであろうか。という疑問です。

日本企業は、あるマーケットを設定して、そこを制覇するような戦略を立てている企業は非常に稀です。(逆に利益率が二桁に到達している企業はそれができていることが多いです)

上述のような「雇用を守るために企業を生き存えさせる」とか、「日本の製造業のプライドに掛けて」とか、「メーカーの威信をかけて」とか、1銭も利益に貢献しないようなことで戦略を決めているとしたら、この状態は容易に予想でき、今後の結末も。。。




三つ目の論点は、「スピード」だと思います。


概して、日本企業はスピード感に欠けます。理由は様々であるものの、とにかく遅い。

昨今の途轍もない市場変化のスピードに対応している(正直知らないが私から見ての)日本企業として一つの例は、サイバーエージェントだ。知っている限りの情報なので、指摘していただけると嬉しいのだが、彼らの企業の中では、様々な新規サービスのアイデアが質とサービス開始のスピードを競っていると聞いている。
また、業界として見ると、ゲーム業界だろう。シリーズモノのゲームであれば、開発チームは複数存在し、それぞれのチームが五月雨式にリリースに向けた開発を進める。

上記2つの例に於いて、少なくとも社内では、「~チームが開発したサービス・作品の方が売れ行きが好調だ」とか、「~チームが開発したサービス・作品の方がユーザーから好評価を得ている」というような競争意識が芽生えるだろう。

典型的な日本企業、特に製造業においては、上記のようなことをイメージすることは難しい。

ここで、松本氏の意見を引用すると、
製造部門は外国企業に任せてしまうのだから、経営体制はそれですっきりするだろうが、設計・開発部門の統合は、前述したような「日本の企業文化」が原因となって、なかなか上手く進まないのではないかという危惧が拭えない。お互いに角を突き合わせていては何も前に進まないのは勿論だが、逆に、お互いに遠慮し合い、お互いの顔を立てあうような事ばかりしていても、世界での競争にはとても勝てるとは思えない。
上述の私の意見からすると、真逆とも言える意見だと思う。
企業の強さを決める主要な部門であれば、複数のチームを競争させ、勝ち上がったチームがその企業を代表するチームだと言えば良いと思うが、松本氏は主要な部門だという設計・開発部門を統合させるためにどうするか?と思考しているようだ。
まず、なぜ統合しなければならないのか?という議論が為されるべきではないかと思う。


以上、色々思うことが溜まっていて、それがこの記事を批判することで出せそうだ、という理由でたっぷり書いてしまいました。
お粗末さまでした。


蛇足だが、今回の論旨とは全く関係ないが気になる内容が有ったので挙げておく。
敗戦で全てを失った直後の日本人は、失うものが何もなかった。だから、「自分がこれと思い込んだ事は何が何でもやり遂げる」という気迫があった。しかし、日本がある程度の成功を収めた後は、その立役者だった大企業では世代交代が進み、社内のトーナメント戦を着実に勝ち抜いてきた新しい経営者は、「諸先輩が築き上げてきたものを守る」という防衛本能に捉われているかのようだ。だから、ひたすら「批判」を恐れ、「衝突」を恐れ、「リスク」を恐れるのではないだろうか?
間もなく終戦記念日というのに、誠に申し訳ないのだが、今年が終戦後何年なのか分かっていない我々世代に、「敗戦で~」を語られても、身にしみないのです。
同じ戦いに負ける比喩をするのなら、第二次世界大戦ではなく、ビジネスでの敗戦を挙げてもらいたい。それがこの半導体産業になるかもしれないですが。。。

加えて、新しい経営者は云々の行ですが、これもその敗戦経験者が、若い世代(もう若くないですが、彼らの下の世代)の意見を閉ざすような物言いで、自分達が何かを成し遂げた物言いで環境変化に適合しようとする様を批難した結果がこうである可能性もあると、私は思っています。
高度経済成長期は、その市場環境が、失敗を失敗に見えなくするだけの外部環境が整っていたり、リスクを無視しても影響が無かったとも言えます。
もちろん素晴らしい経営者も多くいらっしゃいますが、その経営者が今の経済環境、市場環境において同じように成功できるかどうかは別の話だと思っています。

重要なのは、昔どうだったとか、日本企業の文化とか、そういう事に逃げずに、今、何をするべきかじゃないかと思います。

2012年7月8日日曜日

半年を振り返って

年初に立てた目標について、クイックレビューしたいと思います。


■肉体編
Runを5月からある程度していましたが、出張の多さと梅雨の雨に負け6月後半から走れてません。
しかし、踵の痛みは落ち着いて(病院行けよ!)ます。

フルマラソンは暴風雨のため棄権しました。

今日、スーツのオーダーのため採寸してもらったのですが、4年前くらいとほとんど変わっていないそうです。良かったw


■家庭編
娘は健やかにそだってます。
夫婦だけのイベントを復活させました。3月の妻の誕生日、5月に二人で映画、6月の自分の誕生日。半年で三回なので合格点じゃないかと。

でも、これからですね。

お世話になった人への連絡はイマイチ進んでないですね。
先日、出張があったので、姉とその息子、兄には会ってきましたが、妻子を連れていけていないのが未達という感じ。宮崎にもまだです。


■仕事編
あぁあ~Asterism頑張りたい。頑張りたいんです!頑張ろうよ、自分。。。

知識の習得は、う~ん、コレといって進んだ感はないですが、最近環境ビジネスにフォーカスを当てているので、比較的その領域の情報には触れるようにしています。


総じて、イマイチだが、なんとなく頭に置きながらやれているんじゃないかとポジティブに生きていきます。
継続したいと思います。